たまごのかけら

広く、深くを目指す雑食系ブログ

自分の感受性くらい

 
ここ数日、恋愛問題に頭を悩ませていた。特別何かあったわけではない。
むしろ、何もなさすぎることが問題であったような気がする。
 
 
付き合って約半年といったところである。
 
付き合い始めの脳内お花畑時代は卒業し、落ち着いてきたはずなのだが。
 
かえって冷静になりすぎて、ときめきが足りないような気がしていた。
 
 
心が乾いていた。好きがわからなくなった。
しかしそもそもときめきって何だ。
 
 
考えれば考えるほど思考は頭の中でぐちゃぐちゃに絡まり、相手に当たることばかり。
自分でも何をしたいのかわからなかった。
 
 
自分の体調が悪く鬱憤がたまっていたのかもしれない。
 
 
思うままに相手を傷つけるだけ傷つけて。
 
 
ちなみに別れようとかそんなことは1ミリも思っていない。
 
笑われるかもしれないが、一生人生を共にしようと二人で約束して、本気でそれを信じているから。
 
だから、手放すわけがない。諦めるわけもない。
 
 
 
 
 
今回のタイトルを見て、パッと何のことか思い浮かんだ人もいるだろう。
 
 
そう、茨木のり子の詩の題名から拝借した。
今の自分にぴったりだと思ったからだ。
 
心が貧しくなったと感じたときには、いつもこの詩を読むようにしている。
 
例えば第1連から、もうわたしの心をグサグサ刺しにかかってくるのである。
 
 
ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて
 
 
その通りなんだよ。
 
 
全文を知らない人は、ぜひググって…いや、本で探してみてほしい。
割と有名な詩だと思うけれども。
 
 
わたしは高校の国語の授業でこの詩を知った。あまりの衝撃に、感動に、そのときもらったプリントは、今でも大事にとってある。
 
 
ググれば一発で詩くらい読める時代だけど、あえてすぐに知りたい衝動を抑えて、そのプリントを探した。
ただでさえ心がすさんでいるというのに、ネットというツールに甘えて心の貧しさを悪化させたくはなかった。
 
 
久しぶりに読んで、貧しくなった心に、少しうるおいが戻ってきた。
 
 
結局ここでこんなことを書いて安心させようとしている自分がいて、
 
自分勝手なのはどっちなんだろうね。
 
ちょっと触れ合えばきっと好きが戻ってくるのに。
 
自分がばかものだよ。本当に。