たまごのかけら

広く、深くを目指す雑食系ブログ

お金や合理性より、愛が欲しいと確信した

 

今日はいろいろと思い悩むことがあり(いつものことだが)、特に話の規模が大きいので、自分の気持ちを整理するためにもここに書き連ねていくことにする。全くの私事かつ人生を振り返る系なので、お見苦しい記事になることをあらかじめご了承いただきたい。

 


ざっくりと生い立ち

わたしは、自他共に認めるとても幸せな家庭に生まれた。生まれ育ちは仙台。両親と4つ年上の兄に囲まれ、田舎でのびのびと育ったお気楽な子どもだった。特別裕福なわけではないが、人並み以上に贅沢はさせてもらってきたと思う。
東京に母方の祖父母と伯父が住んでおり、まさかそこに自分が住むことになるとは思ってもみなかった。東京に引っ越し、祖父母宅の隣の敷地をいただいて家を建てたのが小6のとき。よって、小6から今に至るまで、東京暮らしが早10年になろうとしている。


転機

自分の家は何も問題ない、平穏な家庭だと信じていた呑気なわたしに訪れた転機その1。
前にも何度か書いたと思うが、兄を亡くした。自宅で、自殺である。わたしが大学1年の春だった。
幸いなのか大学に入りたての時の出来事だったので、大学の知人にはそこまで知られず、今では対外的には「一人っ子」の顔を貫いている。ごく一部の親しい友人と、歴代彼氏くらいにしかこの話はしていない。

 

転機その2。兄を亡くすちょうど1年前に母方の祖母も亡くしている。
この頃から、母方の祖父と、伯父に対して不信感を持ち始めた。祖母はわたしたち孫にも優しく、遊びに行けばいつもかわいがってくれたし、お年玉もくれた。しかし祖父と伯父は、昔から孫がはるばる遠くから来たときにもほとんど言葉を交わすこともなく、子どもらを気にかけてくれたこともなく、お年玉をくれたこともなければどこか一緒に遊びに行ってくれることもなかった。同じ屋根の下にいるというだけで、全くその存在と関わりがなかったと言える。


つまるところ、娘家族との橋渡し役をしていたともいう祖母がいなくなったことで、完全に祖父と伯父とは疎遠になった。隣の家にいるのに、である。
東京に来てからはずっと母が、体の弱った祖母の面倒を見ていた。男どもは何もしないからだ。できないともいう。祖母が亡くなってからは、祖父と伯父は都合よく母を頼ってくるようになった。手のかかるわたしたち家族を抱えながらもう一軒分の家事をやってくれていた母を思うと、今でも頭が上がらない。

 

当初は、母が実家の父と兄(祖父と伯父)に対していい感情を持っていないことは薄々感じていた。伯父は独身で、家のことは何もせず、仕事をしているのかもよく分からない状態だった。しかし詳しい事情を知らないわたしにはなんとも踏み込めない空気があった。どちらにせよ、まだ精神的に幼かったわたしには、隣の家とは関わりたくないと思っていたし、実際存在を気にかけたことはほとんどなくなっていった。

ここまでが、ざっくりと今までの経緯だ。


とうとう問題発生

最近になって、隣の家との間に動きが見られた。祖父は施設に入っているので、住んでいるのは伯父だけだ。
両親が深刻そうに話し込むことが増えた。不動産屋という言葉が聞こえたし、実際に不動産屋のところにも行っているらしかった。
不動産屋というだけで不穏な空気を感じるのは、なぜなのだろう。

 

そして今日、ついに種明かしがされた。両親の、伯父に対する鬱憤が炸裂した。
まとめると、こうだ。
伯父は現在仕事をしておらず収入がほとんどない状態であり、田舎に小さな土地と一軒家を持っているらしいが、収入としてはとても足りていない。借金もあるらしい。そこで、自宅を売ってマンションでも買って収入を得た方がいいのでは、との話だった。

不動産の話は、わたしはまだよくわからない。わかったのは、いずれそのマンションやらの資産がわたしのものになり、一定の収入になるだろうということ。今住んでいる地域は東京の中でも割と利便性の高い土地で、需要も高いらしい。

 

そして、隣の家を売れば、ピアノを我が家が引き取らねばならない。しかしその置き場所を作るには、わたしの部屋と隣の兄の部屋をリフォームして一つの大きい部屋に作り替える必要がある。もともとわたしたちが家を出た後に兄妹の部屋は壁をとって一つの部屋にしよう、と言っていたから、それが早まっただけの話ではある。しかも念願の「自室にピアノがある」のが実現するのだし、悪い話ではない。むしろ嬉しくもある。

 

…しかし。この話を今日一気に聞かされたわたしは、どうしても感情が追いつかなかった。全部今できる最善の策なのはわかるし、そうするしかないのもわかる。

兄がいた頃の部屋ではなくなるし、当然遺品も多少は整理しなければならない。それに、兄がいないことによって当たり前のように自宅をリフォームしようとしているが、多かれ少なかれ「兄がいないからできる」と思っていることには違いない。そう思ってしまうのが、どうにも嫌だった。

 

そして、母がもはや実家への不満を隠さなくなったことが、悲しかった。母が言うには、「…損得で考えたくはないけれど、祖母はわたしたちが仙台にいた時によく手伝いに来てくれたし世話になったから、東京に来てからその恩返しをするのは当然。でも男どもは? 悪いけど何もしてくれたことがないのに、ただ『今ここにいるだけで』いいように頼ってくるのは本当に解せない、勘弁してほしい」と。

確かに今わたしたちが東京に住んでいられるのは、祖父の土地があったからなのである。土地をくれてやったんだからそのくらい面倒みろとでもいうのだろうか。

 

実際にそんなふうに思っているかは知らないが、ただ身勝手なだけなのかもしれないが、あんまりだと思った。辛くて悲しくて、親から話を聞いてから涙が止まらなかった。


もしそうだとしたら、マンション住まいでもいいから、もっと暖かい付き合いのできる親戚がほしかった。とかいうのは、わがままなのだろうか。ある程度豊かな暮らしができているから、そう思ってしまうのだろうか。

 

高い給料をやるから死ぬまで残業してくれっていう企業とか、高収入で養ってやるからなんでも言うこと聞け、っていう夫みたいな何かを感じてしまって、わたしは気づいた。

 

お金だけじゃない。

 

もちろん最低限の生活をする最低限のお金は必要なんだけど、何か大事なものの犠牲を払ってまでお金はいらないと思った。
大事なものとは、わたしにとっては家族、これから家族になるかもしれない恋人、そして人間同士の思いやりというか、暖かい交流なのだ。


生まれ育った環境のせいかもしれないが、最近、あまり高みを求めなくなった。大事な人と一緒に生きていけるだけのお金と、人間らしく生きるための他人からの信頼があればいい。人の信頼を裏切る人間にだけはなりたくはない。

 

今なら胸を張って、お金より愛情だと言える。言えるだけの根拠もできた。

今日は、それだけ。